iPhoneは買いました。買いましたよってだけwwwww今日は実験終わった記念で雑文。
一応すぐできる範囲でざくざく使ってみましたが、既存のスマートフォンよりは使いやすいです。「入力はしにくいとか」「女の子は爪がー」とかいってますが、格別爪が長い人は別として、普通に使えてましたよ。
俺とかは、普通の携帯電話よりも早く打てます。そこらへんは単なる慣れの問題なんだと思います。
実際iPhoneを(尋常じゃないくらいに)便利に使うにはもうちょっとコスト(サーバもう一台確保するとか、メールサーバをIMAPにするとか)かけないとなぁというのがあるんですが、そこやり始めると試験に死亡フラグが立ってしまうので自重してます。
なんにしてもiPhoneはプログラマブルガジェットとしての価値が非常に高いです。
たとえば、あまりいわれてないところでいくと「マイク入力」や「カメラ」なんかがコントロールできるガジェットって今まであんまりなかったような気がします。
これができて、かつ、Objective-Cみたいなある程度早いプログラムが書ける環境があればそれだけで結構高度なことができます。
ハードウェアのスペックも実は結構高くCPU560MHz,メモリも126MBくらい乗っているといううわさです(うわさです)
昔、少メモリ、低スペックのPCでどれだけ派手な映像を描画できるかというのを競い、プログラミングの腕を競い合うというのがあったんですが、そういう方面でもいろいろできるのかなぁとちょっと思ってます。
なんにしてもiPhoneはプログラミングやアルゴリズムの練習台としてもいろいろ使えそうですね。
そういえばiPhoneをどうプロモーションするのかという勉強会の話をチラッと聞いた。
俺ならあきらめるなーと1秒くらいで思ってしまったというのはおいておくにしてもどうするのかなぁ。
考えるとしたらappleの人間としてどう営業するのかなぁという感じなのかなという気はした。この話してくれた人は「法人には売れないから個人に訴求する」というような話をしてたけど、たぶん自分なら法人に売る方法をもうちょい考えるかな。
なんにしても、法人契約取れればまとまった数がはけるし、appleは製品に対して保障を別売りする形態になってるので、そういう保障を定期的に更新させることができるかもしれないこととかを考えると、やっぱし法人のほうがおいしい気がする。
あとは、apple内でのiPhoneの位置づけなのかなというのはある。iPhoneを企業のソリューションとして提供するなら、社内の情報共有ソリューションなどとまとめて提供しなくちゃならなくなる。
少なくとも既存のものとの整合性の確保はしなくちゃいけない。apple自身がそんなことするかなぁと思うとやんない気がするし、そっち方面に強い気もしない。
一方で、他社(たとえばSIerとか)にソリューションとして販売してもらうことがあるかというと、それはそれでなんともいえないなぁという気がする。
そうするとやっぱし、個人に訴求することになるのかなぁ。とりあえず、appleの社内事情をよく知らないとこの辺の判断はめんどくさそうだ。
という感じで、たんに駄文書き散らしただけであれですが、iPhoneに関してでした。
この質問をやたらされるので、ちょっと考えてみようと思う。
まず慎重に考えなくてはいけないのは、「iPhoneが売れるとはなんなのか?」ということ。これが聞く人によって結構ぶれていると最近気づいた。
主な観点としては、2つあるように思う。一つは「appleが掲げている自社の目標が達成されうるのか」という観点。もう一つは「iPhoneが普通の携帯として普及するのかどうか」という点。
わかりやすく表現すると、「appleにとって売れた」になるのか「携帯市場でどのくらいのシェアをとれたのか」ということでしょうか。
けど、appleは携帯ベンダーではないので別に携帯市場とかどうでもいいんじゃないだろうかという気はしないでもない。
さて、じゃぁとりあえず事実を確認しよう。appleはiPhoneの販売目標として2008年末までに1000万台を掲げている。
しかし、それまでの実績で考えるとちょっと目標が達成できていない国が多いっぽい。しかしiPhoneは大幅な値下げを敢行し、日本では結構リーズナブルな値段で販売されるらしい。
16GBが34,560円、8GBが23,040円という値段。これがリーズナブルであることはいくつかの資料から見て取ることができます。(例えばasciiメディアワークス)
また、日本での機種変で買った場合の価格がだいたい3万円前後である点などを勘案しても、携帯電話としてはリーズナブルな設定であるということができると思います。
次に、似た商品として、ipod touchとスマートフォンについて考えてみましょう。
ipod touchの販売量に対する資料が無いので定性的な話になりますが、例えばこういったサイトの販売数ランキングなんかがあります。(携帯オーディオプレーヤーBCNランキング)
7/1現在のランキングでは、集計日付 2008年6月23日~6月29日の集計で、iPod touchのシェアは12位。ちなみにここまでは他のiPod製品(型違い、色違い)が並んでいます。
ipod製品だけに限ると下から3番目です。少なくとも音楽プレーヤーとしてみた場合、マルチタッチだとかいったiPod touch特有の機能はそれほど魅力的ではないという評価になりそうです。
次にスマートフォンについて。スマートフォンについては所有率が多くても5,6%であることが、色んなネット上のアンケートでわかっています。(impress watch opinoon, it-plus, 楽天リサーチ)
一方で、スマートフォンに興味がある人は3割程度いるというのがだいたいの平均的なところであるように思う。
さらに、どのように利用するかについて。ちょっとここはうろ覚えて申し訳ないのですが、モバイル社会白書2007には若手〜中堅ワーカのうち特に知的生産を行なう人たち(研究者/コンサル/営業など)の動向に注目しています。
移動が多く、かつ、仕事内容が非固定的である仕事をしている人たちにとって、モバイル環境は、効率的に仕事をするメルための環境として注目をし始めているというようなデータがのっています。
また、iPhoneにビジネス機能が搭載され、activesyncやvpnなど大企業に導入がかなり進んでいるソリューションを組み込みました。
この動きはやはりビジネスツールとしての販売を意識してのことだと思います。
以上が、だいたいのfactです。
ここで販売台数の予想とかしたいんですが、片手間にこの記事書いてるので、根拠ある試算をするのはできそうになりです。ごめんなさい。
定性的な話として大局的な話をすると、スマートフォンとしてそれなりに売れる見込みがあるように思います。ビジネスツールとしては最低限activesyncには対応しているし、おそらく他のソリューション(Lotus dominoとか)にもニーズに合わせて対応するか、サードベンダーがそういった機能をiphone sdkで実装したりする見込みがあります。
最近ではweb経由のアクセス事例もわずかながら増えてきているので、そういった面でもスマートフォン全体に追い風になることでしょう。
おそらくこのビジネスフォンとしての観点においては、日本でどの程度オープンソリューションが受け入れられるかに関わっているかと思います。(社外からのアクセス環境を持っている、もしくは、導入に積極的なのはそれなりに従業員数が大きい企業であることがわかっています。えしてそういう企業はサポート等の点で、オープンのソリューションを選びにくい傾向がある(あった?))
一方で携帯電話としてみた場合、本体の価格設定自体は平均的であるということができると思います。しかし、ランニングコストの点で固定費が7千円強かかるという事実は、マイナスに評価できると思います。そういう意味では平均的な人にアピールすることは少し難しく、ビジネスユースが多い可能性が指摘できます。
根本的に年間日本で数億台売れている携帯電話に対して、世界で一千万台を売ろうとしているiPhoneは数としてすくなくなるのは、すでに必然です。
なので、携帯電話として普及する(シェアを握る)可能性はほとんどないでしょう。
一方で海外の例に漏れず、スマートフォンとしては既存のものに比べて、売れる見込みがあると思います。
なので結論としては、おそらく「スマートフォンのシェアをそれなりにしめる可能性は高い。しかし、それがすぐに受け入れられるかどうかはわからず、地味に増えていく。おそらく、そこら中の人がiPhone持っているという事態にはならない」
なんか、長文な割には面白いこといってない気がしてきた。
いま巷で話題のウォーターエネルギーシステム。gigazineによくまとまっているので詳細はそちらを。
さて、きわめて不自然な感じがするこのシステムですが、大々的にテレビでも報道されたり大阪府がいろいろ協力したりもしているようです。
もともと発見したのはここ。404 blog not found ニセ科学 WES?STF!
とりあえずdanさんの化学反応式を用いた説明は、ちょっぴり怪しい予感がする。というのは、触媒反応とかいったものはとても理解が難しいので化学反応式とかエネルギーの式をちょこっと書いた程度でわかるような代物ではないわけです。
私も実物を見たわけではないし、詳細な化学反応の仕組みとかをみたわけではないし、見れそうもないのでこれがニセかどうかに関しての言及は避けます。
ただ、ひとつの試金石として、熱力学の最も基本なお話をしたいと思います。つまり熱力学の第一法則。
閉じた系のエネルギーの総量は変わらない
細かい化学反応式とかいりません。そのシステムに入れた物質のエネルギー総量、出力されたエネルギーの総量、システム内の物質の変化、この3点さえわかれば確認可能です。
とりあえずこんな感じのマクロなレベルでの整合性を考えてみてはいかがでしょうか?特許情報が公開されているなら、この辺のことは可能でしょう。俺はめんどくさいからやりません。
エネルギーを変換させるシステムとしては高エネルギーの状態(今回なら酸素と水素の状態)と低エネルギーの状態(水の状態)をいったりきたりすることが重要です。つまり電気以外のエネルギーで酸素と水素に分離し、水に戻るときに電気としてエネルギーを得るわけです。
水から酸素と水素に分離して、それを反応させて水に戻してエネルギーを得るというサイクルは、いろんな細かい点を気にしなければおそらく可能で、要はそのシステムが仕事した分のエネルギーだけ何かが変化していれば熱力学的には問題ないです。まぁエネルギー効率は死ぬほど悪そうではある。
ちなみに上のエネルギーの話はたとえばの話で、もうちょっと複雑なメカニズム、たとえば複数のサイクルを使って電気エネルギーを得ている、ことも考えられます。まぁ可能性は無限大です(適当)
というわけで、おそらく近い将来結論は出るでしょう。とりあえず俺が言いたかったのは、こういったシステムは単一のエネルギー反応式でわかるようなもんではないというのと、システム全体の仕組みについてちゃんと考えましょうねということです。
さらには、直感だけでこういったものを否定するのは科学的でないばかりか、宗教裁判とかとやってることが一緒だよねってことでした。
歴史に学ぼうとしないのはいつの世も変わらんのかねぇ。
※ウォーターエネルギーシステムの可否については、「わかんない」というのが結論です。そこは言及しません。
※あと、なんか永久機関っぽい感じで言われがちですが、このテクノロジーの主張は「無害なものから発電できて、排ガスも無害だよね」といってるのであって、「永久機関だ!」とかいうのは論点がすれ違っているようないないような。
※だけど、クリーンテックがもてはやされているこの時期に出てきているというのが、なんか怪しさを増しているといえばそんな気もする。
※なんか大方の予想通り?たんなる化学電池だったらしいことが判明。ここをどうぞ
「技術」という言葉が著しく乱用されているように思う。
webサービスは技術なのか?動画編集ソフトは技術なのか?メール配信は?
何が技術なのか?内容?規模?複雑さ?色んな意見があるしハッキリとした線引きがそこには無いようではある。
なので個人的に何が技術なのかということを書いてみようかなと思う。
再現性
何においても再現性は重要である。誰がどういう風にそれを使ったとしても同じ結果が出ること。
Aさんが使ってもBさんが使っても同じ使い方をすれば、そこからは同じ結果が出ないといけない。
むしろ、こういった再現性の無い技術は技術としての要請をそもそも満たしていないといけないと言えるかと思う。
例えば、私たちが何らかの問題を解決するためにある技術を利用するとすれば、少なくとも平均的には同じ動きをすることを期待する。
それはサービスではない
サービスと技術は混同されがちであるが、これについては明確に区別されるべきである。それはビジネス的な側面においても、実用上においてもそうである。
おそらくgoogleはすばらしいインフラ技術の上に成り立っていることは事実であるように思う。しかし、では、googleはすばらしい技術を持つから儲かっているのだろうか?
これに関する答えは多くの人が言っているようにNoである。
すくなくとも今までのグーグルの主な収益源は広告とそれに関連する部分であり、実は技術からはそれほど回収できていない。
googleがすばらしい技術を持っていることは、儲かっていることを説明する十分な条件ではあり得るが、必要な条件ではない点に気をつけてもらいたい。
もし私がCEOなら、このままエンジニアリングで収益を上げられない状態が続くとするなら、おそらくエンジニアを減らす方法について考えるに違いないと思う。
もし同じモデルで収益を上げる違う方法論が思いついたら、高いエンジニアを雇うよりもっと低コストな方法はきっとある。(まだこの話は現実味が無いけども。そもそも「収益」を超えて、企業にはその企業が持つ理想とする形があるものではある)
また、すばらしい技術があればすばらしいサービスが提供できるわけではない。
例えば、化粧品会社がgoogleのインフラを持っていてもそれほど意味が無いだろう。ここまで極端な例でなくともこれに近しいことをしようとしている会社やそれに気づかない人というのは思いのほか多い。
技術が目的化していい場合は、それがビジネスモデルである企業であるか、研究のみであるように思う。
技術力をうたっているサービス関連企業というのは、根本的な部分で何か間違っている。
プログラミング能力と技術力は違う
超高速で暗算できる人は、おそらく経済/数学分野で能力をはっきすることができるかもしれない。しかしもっとも必要とされるのは、経済的な知識・ノウハウ・経験などであって計算力はあくまで2番目以降である。
それと同じことがITにもいえる。マニアックな実装ができることや超速でプログラミングできることは、おそらく情報技術において相応に優位であろうことは想像に難くないが、それだけでは自分のたち位置を見失ってしまう。
特に工学においては、それが実用上「本当に」重要であるかどうかは微妙であるにしても、それ相応の目的を持ってそれを達成することが求められる。
ビジネスにおいても、なんらかの問題に対して/なんらかのニーズに対して一定の具体的な解を与えることが技術に求められる点である。
残念ながらいかに早く「それ」が作れようとも、「それ」がなんなのかわからなければ、ただやみくもに走り続けるしか無い。
IT/情報技術の不幸な勘違い
何の疑いようも無く情報化は進んでいる。私たちは日常においてITという言葉を使うときおそらくインターネットやPCを思い浮かべるに違いない。
しかし目に触れる多くはITに何らかのラッピングをしたものであり、ITが直接めに触れることなんかそうそうない。
しかし、私たちはそれを技術/ITと呼んでしまうのである。
これがIT/技術という言葉を大変わかりにくくしている。
例えるなら、私たちは車を運転するときに、エンジンの仕組みを厳密に知っていたりはしない。それと同じくらいにITは隠蔽されているのである。
それがなんだかわらなくてもいいが、すくなくともハンドルを見てそれが技術だと思わないでほしい。おそらくハンドルを加工するにも色々な技術があるであろうが、それは車を動かしている技術とはまた別である。
まとめ
最近、プログラミングを教えたり、いくつかのIT案件に対するコメント等を聞いていて、思うことがいくつかある。
とかく科学的思考が苦手な人間は、目に見えないものについて必要以上に想像し、それが事実であると思い込んでしまう傾向があるように思う。
それは、私みたいな科学信者に言わせれば「科学への冒涜」になるわけだが、すくなくとも実際のモノを確認しないで推測だけで確信するのは単なる自分の想像力への過信でしかない。
また科学的思考が苦手な人は、必要以上に意味を持たせようとする傾向が強い。
たとえばキーボードは単なるキーボードにすぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ想像力が豊かすぎる人は、キーボードに入力装置以上の何か、例えば、「あ」とか「い」とかを表現する能力があると思い込んでしまう。
しかし実際には単なるスイッチであり、最大限譲ったとしても、キーごとに割り当てられたコードが送られているだけで、それが「あ」なのか「い」なのかというのはソフトウェアの解釈の問題である。
技術もほぼ同じである。とにかく過剰な想像力を働かせてはいけない。想像と事実は分けて考える必要がある。想像と事実が符合するかどうかは慎重な検討が必要である。すくなくともこの3点を守るだけでも「技術」という言葉の曖昧さはさけられるように思う。
ひいては、なんかITのやくざっぽい空気も少しはましになるような気がする。
すごいどうでもいい話ですが、piclensが4uに対応していました。
piclensというのは、google画像検索をちょっと楽しくしてくれるfirefoxプラグイン。これは使ってみると結構癖になる。
4uというのは美女の写真を共有するというサービスで、結構更新されます。暇つぶしによく見てます。
で、ずっと4uがpiclensで見れればなぁと思っていて、対応してほしいサイトとしてあげていたのですが、ついに最新版から対応。
美女画像がpiclensでみれる。これほどテンションあがることもありません。
美女好きなおにいさまがたはぜひやってみるといいと思います。
厳密に言うとやめたわけではないけど、いらんことつぶやくのやめました。
労力がもったいない。
人のやつをぼーっと眺めてたまにレスすることにします。
結構followなしでチェックしてる人とかいるらしくて、めんどくさいなとおもったので非公開にしました。
こうしてネット引きこもりと化して行くんだろうなぁ。
けど正直webも飽きてきたし、なんか面白いことないかなーとおもって、なんか作ったり人と会ったりしてます。
リア充であることはいいことだ。
追記:
とりあえず、しばらくネットから引きこもります。ブログはネタさえあれば書く。
国立科学博物館のやつですね。
平日死ぬほどPC触ってるせいか、休日はもはやみたくもないという勢いなので、結構ふらふらっとジム行って運動したりカフェで本読んだりと比較的外をふらふらしています。
家にこもってるのとか苦手です。
で、今日は誰か捕まえようと思って捕まえることに見事に失敗したので、一人で上野の公園なんかを散歩してたのですが、ダーウィン展をやってるのをめざとく発見。
この手の展覧会はその人の生い立ちとかがわかったりするので意外と面白い。
科学系の勉強をするときは「歴史とかと一緒に勉強すると理解が深まる」とは○峨山教授もいってるとおりで、実際そうだと思います。
中身についてですが、進化論の話とダーウィンの生い立ちの二本柱でできていて、それぞれがそれぞれにどう影響したのかというような話が、ダーウィンの手記や標本などを通していろいろと説明されていました。
中でも個人的に面白かったのは「結婚すべきかせざるべきか」というところw
ダーウィンは相手もまだいない状況で、結婚すべきかどうかを、具体的にいい点悪い点を列挙し検討していた。結構これがリアルで笑える。ちょっと昔、彼女が必要かどうかで俺も似たようなことしたというのは、ここだけの話。
結婚しない
- 好きなところに出かけられる自由
- 社交界の取捨選択
- クラブでの才人との会話
- 親戚訪問の強制も、くだらないことに屈する必要も一切ない
- 子供に対する出費と心配もなし
- たぶん口げんかもなし
- いずれも時間の浪費
- もしたくさんのこどもが腹が減ったとせがんだら、夜の読書ができない、肥満と怠惰、不安と責任、書籍などへの支出減
- そうはいっても過労は健康によくない
- もしかしたら妻はロンドンを嫌がるかも。そうなれば田舎への追放とあほの怠け者への堕落だ
結婚する
- こども
- 一生の連れ合い(それと、老いたときの友
- 関心を払ってくれる人
- 愛情と遊びの相手
- とにかく犬よりはまし
- 家庭、それと家事をしてくれる人
- 音楽の魅力と女性との気軽な会話
- どれも健康によい
- しかし恐るべき時間の浪費
- やれやれ、一生、まるで働き蜂のように働きずくめの生活なんて考えただけでもいや、嫌だ絶対に。
- 煙で薄汚れたロンドンの家で一人ぼっちで生きるなんて
- ソファーに座るやさしく素敵な妻に暖かい暖炉、読書、たぶん音楽が、お前にとって唯一の団欒風景
- この光景とグレート・マルバラ街の陰気な減ts時を比べてみろ
- 結婚、けっこう、結婚
こんな感じでリストアップして結婚するということを決めたらしいですwおもしろすぎるwwww俺はめんどくさがりなだけなのであれですが、結構ここらへん共感できてびびりました。
あと若干うろ覚えですがダーウィンが世界一周したビーグル号の話などは、SF小説などで引用されたりもするし、いろんな発見がありました。
もうしばらくやっているので、ぜひこういったことに興味がある人はいってみるといいと思います。
数学に関する質問です。なぜ一度正しいと証明された定理が覆されることがないのか? ということが理解できません。
というのがはてなにあがっていたらしい。
あんまし厳密なことは何気によくわかっていないので、ざっくりとした話をします。雑学とも言います。間違ってたら突っ込みいれてください(うちの弟が物理に詳しいので聞きゃいいっちゃそうなんだが)
もともと見つけたのはここ。
とりあえず数学について
まず数学は反証し得ないのか。
これに関しては先のブログにあるように、ゲーデルさんが示した不完全性定理により「正しいのか正しくないのか確かめることができない事実が存在する(かなり意訳してますが)」ことが示されています。
正確な表現はうろ覚えですが、だいたいこんな感じだったと思います。
自然数を扱う公理系において、その体系が無矛盾であるなら、不完全である
不正確かもしれないですがより正確なことを知りたければwikipediaを。
公理というのは、「経験的に正しいらしい信用できる事実」という感じです。図形だと「平行線は交わらない」とかそういうやつでしょうか。中学校の教科書にまとめてのってるようなやつですね。
「不完全」というのは論理用語で「ある公理系から導き出せない命題がある」ことを言います。自然数を扱うという部分はもうちょっと一般化できて可算無限個の順序集合を含むような公理系とかにも拡張できそうです。(このへんは個人的に思っただけで厳密にどうだかはわかりません)
反証という言葉をどう扱うかにもよるんですが、不完全性定理においては証明も反証もできないということをいってるので、そもそも反証するというのを当てはめるのがなかなか困難そうです。
代表例でいくと、連続体仮説というものは、「正しい」としても「正しくない」としても、問題ないことで有名です。
また、自然数や自然数と同等のものを含まなければ、反証不可能完全な公理系もどうやら作れるかもしれません。
なので、数学というくくりで話をしてしまうと、設定しだいでどうにでもできる(いいのかそんな結論)ということである気がします。
じゃぁ物理はどうなのか?
次に物理。
物理も実は数学に似てるところが無きにしも非ずです。
ただし、現実に観測される事実を重要視します。事実がすべてです。なので実は結構いい加減なところが多かったりもします。
高校で習うma=Fといったような運動方程式を考えて見ます。これはどうやら「こう考えるとうまく現象が説明できるらしい」というだけで、誰もこれをきっちり説明したわけではありません。
また量子論の世界とかでも割といい加減なところから始まっています。シュレディンガー方程式といったものやリュードベリ定数といったものは、いまだからこそたくさんの実験の元にたしからしいことが示されていますが、もとは電子の不思議な挙動とか、電子線スペクトルを観測していった結果「なんかわかんないけど、この方程式でうまくいくっぽいぞ!」というのりです。
シュレディンガー方程式に関しては、なんでそれがそうなっているのかに関しては未だにはっきりとした理由はわかっていません。
これは諸説あるし、いろんな論文とか報告があるといった程度らしいです。
と、いった感じで、物理は論理の賜物というよりは、どちらかというと、現象をうまく説明できるように数学的ななにかを当てはめていると考えるほうが自然であるように思います。
もちろん論理的に未発見の事実を予想するようなものもあります。有名どころではアインシュタインの相対性理論。
光がどんな完成系から見ても同じスピードで動くという物理現象(仮定)から、光が重力で曲がるであろうことや、質量がエネルギーに変わるであろうことを予想しています。
ちゃんと実証実験できたのは、じつは論文発表後それなりにたった後だったりします。
アインシュタインが生きているうちに原発ができていたなら、ノーベル賞が取れてたんではないかという話があるくらいです。
重要なのは、実は物理はそれほど過去のものを反証しているわけではありません。
量子力学は古典力学を否定したというひとがいるようですが、そんなことはないわけです。私たちが普段生活しているスケールでは古典力学は十分に正しく、それは量子力学からも導くことができます。
むしろ、物理が発展したことでより微細なこと(電子とか)とか、より巨大なこと(宇宙とか惑星とか)とかがわかるようになり、それに対しては新しい理論を、これまでのものを含んだ形で、作る必要があったというほうが正しいでしょう。
別に古典力学が間違っていたことが証明されたわけではありません。
もちろん、新しい実験結果からいままでの理論では説明できない現象が出てくることはありますが、たいていの場合それは新しい理論の特別な場合として示すことができます。
ただ、めんどくさいので「物理が覆った!」というわけですね。そっちのほうがセンセーショナルだし。
じゃぁ数学と物理を反証うんぬんからみると何が違うの?
まず共通する点としては、どちらも論理的な整合性を重んじているという点でしょうか。
数学は、公理系や各々の定理どうしが論理的に整合が取れてることを重んじています。
また、物理においても、観測された事実やこれまで存在した理論/論理との整合性を重んじています。
両方とも、学問的なレベルで「正しい」となったものが覆ることは相当レアであると思います。
では、何が違うのか。
数学はより少ない事実から、すべてを論理的に導き出します。
極端に言えば定理の積み重ねでできてるといえるでしょう。
Aさんが証明したものを使ってBさんが新しい定理を。Cさんがまたそれから新しい定理を・・・・という感じで、どんどん積み重ねていきます。
一方で物理は、そういった数学的なアプローチに加え、観測されている現象を説明するために理論を作ります。論理適正合成よりは事実と合致することが重視されるでしょう。
そして実験や世界中の研究者の追試を経て、どうやら事実らしいということになります。そこで今までの理論とあわないとなぜだろうとなって、「新理論の特殊な場合として示せる」とかそういうふうになります。
もしくは新理論が修正されることもあるでしょう。
結論
より話をシンプルにしてみます。
いずれにしてもアプローチと重要視する点が若干ことなるだけで、本質的には同じだといえると思います。
オッカムのかみそりをふるって、今までの理論をよりきれいに説明すべく洗練していき、あたらしい事実がみつかればそれに加える。
反証というのも、一度事実認定されたものが覆るのは稀で、微妙に修正されて言ってると考えるのが自然であるように思います。
たいていの場合根本的に覆るのは、多くの場合仮定の段階にあるものです。わかりやすいところで言えば「世界は亀の甲羅の上にある」といった部分や、現実的にありえそうなところでは特殊相対性理論の「慣性系によっては光の速度は変わらない」といったところでしょうか。
後者については未だに「正しいらしい」ことがわかっていますが、もしかしたら間違ってるかもしれません。
しかしもしそれが間違っていたとしても、特殊相対論が根本から覆るわけではなく、新しい理論のうち「光の速度が一定だと見てもいい場合」に限り正しい理論に変わるだけであって、これを反証と呼ぶかは微妙なところです。
というわけでした。
※多分にはらじゅんの科学感が入っているので、ひとによっては違うことを言うかと思います。厳密にあってることを言ってるわけでもないのでその点ご了承ください。ちなみに私の専攻は物理関係ありませんのであしからず。
※読み返すとやっぱしところどころ不正確なので時々直してます。
自分のことをとりあえず棚にあげまくりますが。上の記事は前貼ったやつと同じです。
今までよく「お前ら少しくらい脳みそ使え」ということをよく言ってたのですが、最近それがちょっとずれていたことに気づきました。
基本的にどの人も自分より頭いい気はしますし、実際会社やってたり具体的な行動を起こしていたりと、おそらく私よりよほど優秀であるような気はします。
より適切にいえば「具体的にimplementしよう」ということなんだなと気づきました。
バイトでも何でも最近一番苦労することは、空気を読むことだったりします。
はらじゅんがKYだという説はとりあえずほっておくとして、特に比較的詳しいプログラミングとかシステムに関して考えてみたいなと思います。
まずいただく注文のほとんどが曖昧としてます。(ほとんどのものは過去形ですが)
曖昧としてて誰も相手にしてくれないので自分のところに来るという予感が一時期してたくらいに曖昧です。
ひどいときは「超画期的なものがほしいんだ(なんだそれ?)」という人も出てきたりするわけですが・・・
ほとんどはまったくもってよく考えられていないか、考えただけで形に落としていないかのどちらかなので、大体アイディアが沸きそうな似たようなサイトを教えてあげたり、具体的に最近はこういうことが流行ってるとか教えることがあります。
実はほとんど多くの問題は、システムで実現可能である場合が多いです。はっきりいってしまえばコストがん無視すればできないことはそんなにありません。
より適切にいえば、実現不可能なことを思いつくほど斬新な人がいないとか、勝手に不可能だと思って忘れてしまうという感じで、ほとんど耳に入ってくる段階で合理的に実現可能になっていることが多いです。
おそらくまったく実現不能なことというのは、元々詳しい人がネタで言うとか、最先端の研究をしてるとか、そういう系なくらいだと思います。
さて、その状況で問題が発生します。実に多くの問題が発生するのですが、そのうちおもいつくものをいくつか。
時と場合によって2,3日質問項目考えてきくんですが、なかなかすぐ答えを得ることができなかったりします。そこで空気読む必要が発生するのですが、ここが大変難しいです。事務的な言い方をすれば要求仕様を固めるとかいうかもしれないです。
しかし、これは多くの場合「具体的に考える」作業をすることによって、簡単に発見することができます。プロトタイプ作る技能を持ってる人はそれでいいと思いますし、なくても合理的に考える根性さえあればなんとかなります。ビジネスプラン書くことができるのならきっと問題はないでしょう。
具体的なケースを考えて見ます。
ケース1:具体的な利用ケースを考えましょう(google miniとか
これは、単に話題にのぼっただけなので実際そういう使いかたしてるわけじゃないんですが。
試験的にgoogle miniを買った企業がありました。一番安い5万ドキュメントのサーバです。
google miniを使って、webから大量に取ってきたドキュメントを検索させてみようというような話をちょろっとしてたのですが、この段階ですでに計画が破綻しています。
webから情報をとってくる場合、対象にもよりますがサイトあたり数百~千件程度がデフォルトです。多いときは万くらいはあるのですが50回クローリングしてきたらもうgoogle miniでは扱えなくなりますね。
このケースの場合明らかに50回以上はクローリングするうえ、すでに数万件は一サイトで埋まることが確定していたので、結果的にこの段階で破綻してます。
はらじゅんひとりで扱ってる文字情報だけでも万はあるので、いかに小規模な組織であったとしても5万は少ない気がするのが感覚値でもあったりします。
こんなのは買う前に確認すればすむだけですね。
(どちらかというとgoogle mini使ってみるのが目的だったのと、他の用途にも使ってるようなのでOKなのですが)
ケース2:根本的に帯域足りてないよそれというパターン
なんかwebサーバの負荷が高くてサイトが落ちるとかいうお問い合わせがきました。正直負荷分散とかやったことないし、やるにしても単純にコピー作って専用の機械入れることくらいしかできないのですが。
ただ話を聞いてるうちに、根本的に回線スペックが足りてないことが発覚しました。
だいたい1トランザクションあたり80KBのデータをやり取りするwebサーバで、一時間あたりmax10万アクセスという話だったのでちょちょいと計算。
80KB*8bit*100000アクセス/3600秒 = 17Mbps
回線が10Mbpsという話だったので、理論的に限界超えてます。ファンタスティック。
サーバの負荷というよりは、単に回線が無理なだけだったようです。こういうのは確かにうっかり忘れそうなポイントではありますが・・・というか、そもそもwebサーバ落ちてないんじゃない疑惑とかもあったんですが、そこはなぞですね。
これも気づくのは確かに厄介ではありますが、気づけば計算は単純なので難しくはないでしょう。
ケース3:どういう人間がそれを使うのか?
これは非常に苦労しまくった話ですね。これでシステム開発やめる決心したといっても過言ではありません。動作面ではまったく問題ないのですが、利用ケースについてまったく考えられていませんでした。
たとえばそれがwebサイトだったとしても、使うのは一般の人だけではありません。たとえばサイトを管理する人は管理しなくちゃいけません。
神級の開発者がいる場合は別ですが、小さいプログラムであっても他人の書いたコードを理解することはなかなか容易ではありません。
多くの場合は管理するためのソリューションが必要とされます。
すると、いろいろ確認しなくちゃいけないことが出てくるんですが、特に業務フローについてはよく把握する必要があります。これは客観的に便利であることとかどうでもよくて、相手の会社がどういうルールなのかという話です。なんにしても、こちらの便利をごり押しするのであれば、業務フローのコンサルごとやって教育までやらなくてはいけません。
簡単に言えば、どういう手順でいつ集計作業がされるのかや、サイトからの問い合わせは誰が処理するのかとか、めんどくさいのだと営業の人とのからみとか色々出てきます。
とても壮大なストーリーがそこには待っています。
もはやここまでくると、それ相応に複雑なので、思いつきだけでやるのとかは危険極まりないです。
なので、それなりに具体的な文書にして客観的に無理がないことを確認することが必要です。
しかしこれはUMLなんていう変体言語で記述しろとか言うわけではありません。あれは開発者同士の共通言語として意味のブレがないように設計されてるだけで、具体的にシステム構築上有利な点があるわけではありません。
(すくなくとも俺はそう感じたという話。ただ意味がぶれない分確実なコミュニケーションが取れるというのはあると思う)
どんな書きかたしてもいいので、とりあえず書き出して過不足がないかを確認するというのが一番大切であり、絵のできは小学生の落書き級でも何の問題もありません。
まぁ読めないのはアレですが・・・・
まとめ
話が若干発散しました。いいたかったことは・・・・
はい。
企画書ないと相手にしてくれないのが大人というもの(偏見?)な気はしますが、なんとなく気持ちはわかります。
はらじゅんは話とかだけでも聞きますが、文書化が一度もなされてないアイディアは突っ込みどころが多すぎて、会話がまったく有益でない場合があります。
というわけで、今日もいろんなものを書いています。
冒頭のリンクではこれとは似てるようで違う観点からideaを具体化することの重要性を説いています。
はてなスターを付けてみたら?と言われたのでつけてみた。
実験でクリックしまくってみる。