ネタもと404 blog not found 3×5!=5×3

ここ最近よく話題になっていたので、なんとなく見ていたのだけど、ネットのほとんどの人は「交換してもマルでいいじゃないか」「これで誤答扱いはひどい」と思っているようです。
個人的には、これらの指摘こそひどいなぁと思って、久しぶりにブログ書いてみました。

主な論点は、4つ。

  • 「文章題」は、問題文の理解を問うている
  • 書式のなってない報告書・レポートは正当化されない
  • 書式に理由なんかない
  • じゃぁ3×5は5×3でいいのかなぁ?

「文章題」は、問題文の理解を問うている。

じぶんも実はこれにひっかかりました。というか、もっとひどかったかもしれません。
なにしろ私は、式すら書かず答えしか書かなかったのですから

「皿が5皿ある。1つのお皿に3つずつりんごが載っている。全部でいくつか。」

答え:15こ

小学生でもこのくらいの暗算は出来る人はいると思います。しかし、当たり前ですが減点対象です。当時小学生だった私は納得いきません。「答えは合っているのになんで減点されなくちゃいけないわけ?」あぁかわいく無い俺。

「3×5でも5×3でもいいじゃないか!」と言ってる皆さんは、もちろん「式なんか書かなくたっていいじゃないか!」というのにご賛同いただけると信じております。

冗談はともかく。

そのとき先生に言われたのはこんな感じのことだったと思います。

はらだくんが暗算得意なのは先生もよくわかっているよ。けど、この問題は「問題文がきちんと理解できているか」も点数になるの。だから、問題がきちんとわかっていることを書いてくださいね。

まぁこんなので納得する私ではないので(自分のことながら恥ずかしい・・・)、この後「かける数かけられる数の順番が違う」だとか「15この『こ』が抜けてるので減点」とか、ことあるごとにひっかかり、その度ごとに先生につっかかり偉い迷惑かけました・・・・いや、まじですみません・・・・

けど、今から思ってみれば、「問題の意図をつかみ」「相手に正確に伝える」ことの重要性から納得できるなと思います。

書式のなってない報告書・レポートは正当化されない

今時は、大学のレポートなんかろくに返却されないし、返却されても見ない人がほとんどかもしれません。まぁ私は取りにすら行きません。(死
そんなある日、某教授から「最近の若者の国語教育がひどい」という話を聞かされました。

だいたいこんな感じの内容でした。

言葉というのは時代とともに変わるので、言葉遣いがおかしいのはまだ我慢できなくも無い。しかし、論理展開や書式があまりにも稚拙でそれが我慢ならない。

国語教育は情操教育という理念の元に、感想文ばかりかかせる。そのせいかわからないが、感想文のような文章ばかり提出される。

えぇっと死にたくなりました私・・・・・・

もちろん良識ある社会人の皆様なら、報告書や論文の書式の重要さは十分に理解されてることでしょう。けど、参考までにいくつかURLを列挙しましょう。

あまり思い出せなかった・・・・けど、この2つをみれば「内容の重要性」と同じくらい「書式」が重要であることがわかるでしょう。
むしろ、「書式が整ってないと重要であることが伝わらない」ことすらあり得ます。

書式というのは「読む側」になるとその重要性がわかります。不真面目ながら院生をしている私もたくさんの論文に目を通すので必然的に似通ったフォーマットに慣れてきます。
そうすると、なんとなく効率的に読む方法が見えてきます。
しかし逆に書式に従ってない論文というのはものすごく読みにくいことがわかります。

プログラマの人にわかりやすい例を考えてみました。JavaとかPHPのドキュメントは優れてると思いませんか?なんででしょう。
それは、各メソッドが全ページにわたって同じ書式で書かれているからな気がしませんか?

書式に理由なんかない

あるのかもしれませんが、生まれてから27年納得のいく理由を聞いたことがありません。
もちろん内容に合わせて、項目が設定され、項目ごとにそれなりに合理的なスペースが割かれているのですが、 詳細なレベルでは学会やドキュメントなどによってまちまちであると思います。

じゃぁ3×5は5×3でいいのかなぁ?

もちろん数式としては等価なわけですね。けど、あの文章題の答えとしてはどうでしょうか?
当時小学生だった私は、先生に「私は、リンゴと皿の関係を理解し、正しく式に直し、そこから答えを導きだせました」ということを示さないといけなかったわけです。

それにはまず、「3×5」という共通の書式で式を立てる必要があるわけです。この書式が守れてないと「この人は数字を適当に拾ってきてかけただけなんじゃないか?」と解釈されても文句は言えないと思いませんか?

まとめ

文章題というのは、まず「問題の理解」を問うていることをお話ししました。
そして、それを伝えるためには「書式」が重要であること、そして「書式」に理由をもとめることは難しいことをお話ししました。

正直な感想を言えば「3×5とかそんなのどっちでもいいよなぁ」とも思うわけです。しかし、昨今の諸先輩方の「若者の文章が崩壊しすぎててヤバい」というのを聞いたり、たくさんの書類/文章を見ているうちに、この「3×5」に潜む本質的な問題というのに恐怖を覚えずに入られませんでした。

終わりに

この文章は感想文です。

あと、教育指導要領とかもよく知りません。ただ、「どっちで書いても同じ」というのは「適当な書式でレポート書いてもいい」というのと同じな気がしますし、それは一般社会では受け入れられないということを言いたかっただけです。