※新年の抱負書こうと思ったら前振りが長くなりすぎた・・・抱負は一番下。

※せっかくなので似たようなエントリにトラックバック打たせてもらいました。
http://uva.jp/dh/mt/archives/005165.html
http://mitaimon.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/2009newyear.html

あけましておめでとうございます。

世間では不況不況と騒いでおりますが、去年はそれほど世間と関わっていなかったせいかあまり実感するところではありませんでした。
ちょっと遠い知り合いの会社が無くなってたりとか、取締役だった人が平になっていたりとか、東京に出てきていたベンチャーが会社を田舎に引っ込めるとか、そういうことはあったようですが、もともとがんがんつぶれてくものなので(ぉぃ)不況のせいかどうかは今一よくわかりませんでした。

さて、そんな中で私の主たる関心であるITや情報に関しても、こうした事件から感じることがありました。

「未曾有の金融危機」「100年に一度の危機」「偽装表示」「産地偽装」などなど。これらに共通することのひとつとして「情報」が深く関連しているように感じました。
それは現代人が扱わなくてはならない情報の「量」についてです。

サブプライム問題を正確に理解してるわけではないですが、情報という観点から見れば、情報の不達が原因で起こっている事件といえることである気がしました。
サブプライムローンの債権を証券化し売りさばき、それをまたほかの商品と合体して売りさばく。これを繰り返していくうちに金融商品は複雑化し、いったいその商品がなんだったかわからなくなる。
かけられたレバレッジを支えている根本がわからなくなるわけです。

これは、産地を偽装された食品にも似ているなと感じました。複雑な流通経路をたどるうちに、小売店に来るころには消費者にその商品の価値を支えている根本がよくわからなくなっているわけです。
こちらのほうは金融商品なんかと比べれば幾分法整備も進みましなのかもしれませんが。

さて、皆さんに考えてほしいのは「情報」の信頼性とは何なのかという話です。私たちは何を信じればいいのでしょうか。

東大で行われているビジネスコンテストでこれに関連するビジネスプランを考えてヒアリングにいったときの言葉です。誰もが知っている大手の金融系の会社2社。

情報は早さが命。いちいちソースの信頼性とかは確認していられないし、そもそも今日正しかったことが明日も正しいとは限らない。情報の信頼性はほとんどその人にかかってる。

昔に比べて扱える情報の量が格段に増えている。昔ならたくさんの人を使って計算していたことが今ならエクセルで瞬間的に計算できる。

まさにIT革命の恩恵をフルに利用しているといえる気がします。金融に限らず現代はどれだけ膨大な情報を適切に消費するかに価値があるという感じでしょうか。
情報はある。処理することもできる。しかしその情報そのものがどういう性質のもので果たしてどんな素性のものなのか?すでに私たちが日々触れる情報は一生かかって処理できる要領をはるかにこえてしまっているようです。
すでに情報をやたらめったら消費する時代は過ぎ去ろうとしているのです。これを産地偽装問題や金融危機から学び取らなくてはならないのではないでしょうか?今時代は情報をうまく「管理」する時代へと変わろうとしています。

2007年にGTD(getting things done)やlifehack本が流行り、2008年にはいわゆる勝間本やgoogleをうまく使うための本が大変流行りました。
これらは、いかに効率よく大量の情報を取得し、うまく管理するかとの方法論としてくくることができそうです。今まさにそうした情報管理に長けた人たちが時代の長者として台頭し始めているのです。
それの典型が、勝間和代さんの提唱しているフレームワーク思考なのでしょう。

さて、時代の最先端はどうやら情報の大量取得・大量処理、そしてそれを何とか管理しようというところまでやってきているようです。
ここからはちょっとITの世界・インターネットの世界での情報の話をします。

インターネットが登場し、情報を発信する場だったのがだんだんと情報を貯める場に進化していきました。イメージとしては、PR的なものや情報公開的なものばかりだったwebが、個人のメモや日記など、公開非公開の別はともかくとして、個人のストレージの代わりとして使われるようになったということです。

そしてgoogleの大ブレイク。機械検索はそうした個人のストレージに他人がアクセスすることを可能としました。これに連動するように個人サイトやブログも急増しました。ちょうど公私の中間くらいの情報公開が大変増えたといえるでしょう。
googleは巨大なストレージへのアクセス手段となりました。

ここでひとつ重要な変化が起こります。内外の情報量の反転です。

今まで私たちは、簡単に外部の情報を得る手段がなかったために、自分の持っている・知っている情報の方が探し出せる情報より多かったのです。
しかし、webとういう巨大なストレージへのアクセス手段を機械検索を通して得た今、自分の持っている情報より探せる情報の方が多くなっているのです。

そして、アグリゲータやマッシュアップの登場。複数のソースから情報を取得し整理公開するサイトが登場しました。
プログラムで自動的にやるものが主ですが、世間に多く存在するニュース記事のコピペブログなども同じカテゴリといえる気がします。

さらに最近ではリブログという概念が登場し、tumblrなどのサービスが提供されるようになりました。大まかには、簡単にネット上の情報をメモしまとめ上げ公開するサービスです。アグリゲータ・マッシュアップを手動でやるための便利サービスという感じでしょうか。

さらにはもう一歩踏み込んで、evernoteというサービスが登場しました。これは脳の外部化を明確に歌っています。

Evernoteで自分の脳を拡張する techcrunch

CEOのPhil Libinの言葉を借りれば、「Evernoteの本旨は外部に脳を持つこと」だそうだ。

こうして、私たちの主たる情報への感心は、インターネットの登場による「公開」から、情報の蓄積、検索、管理へとこの順にシフトしていっているのです。

では、テクノロジー方面では何が起きているのでしょうか?(ちょっと長文で疲れてきたのではしょります)

記憶装置の単価が爆発的に安くなり、日々私たちが消費できる記憶容量は拡大して言っています。いまは大量の情報を手に入れるだけでなく蓄積することができるようになっているのです。
変な話ですが、今までインターネットを通して大量の情報に触れることができていたにもかかわらず、私たちは情報を所有することができていなかったのです。
それがようやくここに来て可能となってきました。

そして、ここが最大のポイント。私たちは大量の情報を得るだけでなく、それを処理するコンピューティングパワーを手に入れようとしています。
本来であれば一部の大企業や大学しかもてなかったスーパーコンピュータに匹敵する計算力を、仮想化の技術で安価に得ることが可能になったのです。
しかし、私たちは今その力を持っているにもかかわらず、その力をなんのために使うべきかを知りません。

あるEC系企業は何年も前から大量の顧客情報を持っているにもかかわらず、それを有効につかうすべを持っていません。
それは、計算力の問題とどうやったらいいのかというノウハウの問題がありましたが、いまや残る問題はノウハウのみとなりました。
いわゆるデータマイニングの分野の問題です。

ばらばら書いてきましたが、ちょっとまとめると・・・・

情報の大量取得・大量消費をしてきた世界は、今情報の適切な管理運用方法を必要としている。一方で技術的発展から情報の所有が可能となりそれを処理する力も得た。しかし、どう処理すべきかをいまだ知らない。

これは非常にチャレンジングな問題です。たとえばECで使ったノウハウがそのまま金融で使えるかというとそんなわけではないわけです。
さらに、いま私たちはそういった特定分野の情報だけではなく、多種多様な情報の洪水に見舞われています。
あるときは金融商品の情報が、あるときは食品の情報が気になるわけです。

そのためには、ながらくweb開発で使われてきたMVC(Model-View-Control)モデルに当てはめて考えるのが適切であるように感じます。
簡単に言えば「情報の蓄積」「表示」「処理」でしょうか。

巨大で安価なストレージが手に入るようになり、データ構造的な問題を別にすれば、モデルの問題は解決してきました。
情報を手に入れる先に関しても、EDINETの動きのように日々多種多様な情報がねっとで公開されるようになって来ています。

ビューに2007-2008はappleのおかげで大変インターフェースに関心が集まりました。wiiなどもインターフェースのあり方に関して一石を投じたように思います。
しかし、大量の情報を管理するという視点ではまだまだ改善の余地がありそうです。

またコントロール=処理の部分はまだまだ改善の余地がありそうです。むしろいまだに未開拓であるといってもいいように思います。

というところでようやく新年の抱負をば。

こうした背景の中で、私は今大量の情報を処理する部分に興味があります。マシンビジョンや機械学習・パターン認識・統計などなどを今まさに研究中です。
また、具体的なアプリケーションとしては、個人の情報活動支援をどうすべきかという点に関心があります。

「誰でも大量に情報を手に入れられる時代」は、個々人の判断を要求します。手に入る情報が限定的であったpre-googleの時代と比べて、主体的に情報を取捨選択し行動することが必要となっています。
そしてその情報はすでに人力ではどうしようもない量に達しています。
そこに対して、ITからのアプローチができないかということを今年は考えていこうと思います。

これは個人的興味からだけではなく、自分の生産性やできることを拡張するための重要なこととしてやっていきたいと考えています。

今年は、大学院に進学し、就活するのと、不景気なので雇ってくれなかったことも考えて起業する準備も含めていろいろどたばたする予定です。
そういうところも含めて、なにやったら面白いか、儲かるか考えて生きたいと思います。

というわけで、なんだか長くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

追記:

毎年やってる新年の抱負さいとを作ったのでよければ皆さんかいてください。

http://ny2009.gijutsuya.jp/