理科離れについて

理科離れなんだろうか?ということをよく考える。自分は大学に行きながら実は「学生の勉強離れ」を感じることが時々ある。「数学とか理科ができて何の意味があるの?」というタイプの人間は、実は文系理系関係なく存在して、どっちにしても勉強していないのであって理科離れが深刻化しているわけではないように思う。

さらに、「数学と理科ができて何の意味があるの?」は、即そのまま「歴史や心理がわかってなんになるの?」につながる。一見社会に役立ちそうな法学部や経済学部であってもあまり生活に役立つようには思えない。判例をたくさん知っていたところでなんになるというのだろうか?
実は理科離れの「なんの役に立つの?」という問題ではないのである。それどころではない。理系文系関係なく「勉強して何の意味があるの?」というレベルにすでに達しているのではないかと思う。

少なくとも自分の経験している範囲について思うことをいえば、高校・大学は実際に役立つことなんかひとつも教えていない。抽象的な議論だけを教えて、いいとこ見れたとしても研究の世界までである。それが現実にどう応用されているかまで教えてくれることはレアである。
現実への応用は個々人のイマジネーションに任せているわけである。
もちろん、工学部であれば卒業論文を書くにあたって、それがどういうふうに社会的意義があるのかという点を書かされるので全くそこに対する想像力がないわけでもないが、逆に言うとそこまで全くそんなことを考えるチャンスはない。

言い方が悪かった気がするので、言い直すと「実際に役立つようには教えていない」

そのくらい脳みそ使えよとか思わないことはないけども、インストールされていないソフトは使えないのである。誰かがインストールしなくてはいけない。
自分がこんなこと思うのも、割と偶然IT関連で仕事をしているなかで、ちょっとした数学や統計的手法が使えた体験があるので思うのであって、ほとんどの人はそんなことには気づかないのではないだろうか?
少なくとも実際の応用までたどり着いてるのはオタクと思われてる人たちしか知らない。これは非常にハードルが高い。

個人的には、こうして根本的に勉強離れが起きていて、それが理系だと「理科離れ」、文系だと「後継者不足?」とかになっているんではないだろうかと思うことがある。

ちょっと角度を変えて考えてみよう。

理系は果たして儲からないのだろうか?こっからはどっかの教授から聞いた話であるので、真贋のほどはよくわからないが。

実は証券うったりかったりして儲けている人にはものすごく偏りがあり、平均ではなく中央値をとると技術職のほうが実は給料が高い。 
しっかり勉強していればという前提はつくかもしれないが、じつは積み上げられたものが全否定される可能性は技術職のほうが小さい。
最近人気だった外資コンサルにしても、MBAなしではそれほどたいした話ではない。
ここで「お金じゃなくて経験なんだ」という話が出てきたりするが、そんなの技術職でも同じことが言える。国際学会いって発表して交流するのと、外資コンサルいって大企業の偉い人と交渉するのはベクトルの方向の差こそあれ、長さに差があるようには思えない。
こう考えると金銭的面をとってもそれほど理系職が不利であるようにも思えない。 

これは聞いた話なので実はよくわからんのだけど、これが本当だとするなら実際の差はそれほどない気がする。むしろ文系職は今まで積み上げてきたものを全部捨てて一から覚えなおしたりするわけである。よほどそっちのほうが大変じゃなかろうか?それともいままで何も積み上げてこなかったということなのか?

しかし、理系離れというのは事実として起こっているらしい。ひとつには理系のオタクなイメージがありそうではある。けど実際は勉強するという行為自体がなくなってきてるんじゃないかなと感じる。逆に言ってみるとオタクじゃないと勉強とかやってられん状態なのではないだろうか?

結局結論はよくわからんのだけど、個人的に思うのは「勉強なんてくだらない」という風に思ってる人がたくさんいるのではないかというところである。これは理系離れという枠を超えて深刻なのではないだろうか?

しかし、実際は「勉強なんかどうでもいいや」なんてことないんだけど、まぁそれはまた別の話。参考にこれくっつけておこうかな・・・・

知っておきたかったこと Paul Graham, January 2005