技術者だからといって、モノが作れればいいんだろうか?そういうものでもないでしょう。
一つの考え方として、技術者は自分のたち位置や技術の位置づけについて、文脈に照らして考える能力が必要だということを言ってみようかと思います。
今回のえがちゃん騒動に思うこと:微妙に世間のことがわかっていない
別に世間知らずだとかいう訳ではないです。
単純にいうと、車輪の再発見のオンパレードをしているという話。しかもかなり劣化版の車輪。
けど、これはえがちゃんに限った話ではなく、このブログもそうだとは思うし、よのなかの多くのブログはそうでしょう。
たとえば、「情報商材はすばらしいビジネスモデルだ!」というエントリー。自分からみるともう何年も前からいわれてることで、それこそ起業しようとか少しでも考えたことある人や、実際に受託開発とかやってるひとなら簡単に思いいたるところです。
例えば自分なら、「で、それから?」と思う訳ですが、そこがない。
他にも例があります。iPhoneでブロック崩しのようなゲームをアルバイトで作ってた人がいたのですが、私が「それだったらこんなゲームがあるけど?」と言って教えてあげたことがありました。
私が教えたゲームはべつに特別探したりしたわけではなく、人気のアプリにランクインしているようなものでした。
ここでのポイントは、車輪の再発がだめだというわけではなく、「その人が自分のアイディアを思いついたとき全く下調べをしていなかった」というところに個人的に問題を感じています。
周りをよく見る癖を付けると、叩かれにくくなる
がんばって調べたりする必要はないと思いますが、常日頃から友達にアイディアを話したり、面白いニュースがあったらなんとなく交換したり。
そういうのが重要であると思います。
よく「アイディアをパクられたくない」という人がいますが、さわりだけ話してパクられるようなアイディアは、結局リリース後すぐにパクられますし、たいていの場合その程度のアイディアは誰かが考えています。
どうしても心配なら信用できる何人かには相談するくらいのことをするのがおすすめです。
こうやってよく周りを見回しておくと、「それ○○のパクリじゃん」と不意打ちされることもなくなりますし、作る前にそういうのが見つかれば、もっと違うアイディアに時間を割いたり、よりおもしろいアイディアにブラッシュアップできると考えることはできないでしょうか?
別に特別な作業をする必要はありません。なんか酒でも飲みながらアイディアを総disしてもらえばいいだけです。
切り口を買えることも重要
切り口、いいかえれば、文脈を入れ替えて考えるのも結構有効だと思います。
エンジニアの人は普通にやってるのに、なんでビジネスの人はやらないんだろうか・・・?エンジニアリングとビジネスの文脈がかわるだけで全く違う者が見えてきます。
無難な例がないのであれですが、例えば最近はやってるビジネス書をたくさん書いている勝間和代さんとかの本はいい例かも知れません。
なんだかんだ言っても、ネット通ばかりがつかっているgoogle。それをつかってビジネスを効率化する方法を本で書いたりしていますよね。
これもビジネスという領域で、自分の周囲をよく観察しているから出たアイディアと言えるのではないでしょうか?
広い視野を持つこと。高く登ること。
結局はこういうことだと思います。かたい言い方をすれば市場をよく調べるとか、よく先行研究を調べるとか、そういうことです。
そして自分のアイディアや自分という存在が、どういうところにいるのかを知る。
これって以外とできていそうでなかなかできない。
結局、同じ地平にたたないと他人と同じ視点にたつことがでいません。周りの人がぎゃーぎゃーいっててなんか敵だらけな気分がしてくることもあるかと思います。
そういうときというのは自分が高みにいるか、相手が高みにいるかのどっちかです。
どっちがどっちなのかはケースバイケースだとは思いますが、自信がなければ巧者だと思っておくのが無難でしょう。
そういうときは実際やってみるしかありません。正直な話やってみないとわからないことというのは世の中たくさんあります。
そういう気づきを繰り返すと、自然と高く登っていくことができるんではないでしょうか?
すると、よりいい眺めの場所で、同じたち位置の仲間と、より広い視野を持って話をできるようになるんだと思います。
再び、自分のたち位置を確認しましょう
自分がいったい世間でどういうたち位置にいるのかを確認することは重要です。
いくら正確な地図があったところで、自分の居場所を勘違いしていたらよけいに迷うだけです。
ようは何が言いたかったかというと、ちょっとだけでいいから顔を上げて周りを見てみるといいことがあると思うよというのと、高く登ることをやめてはいけないんじゃないかねということでした。
補足:
なんか「車輪の再発明したっていいじゃないか!」という突込みが多いようです。別に悪いとはいってません。
けど、全部作りきる労力を払う前に、ちょっと周りを見渡して車輪の再発明以上のことができるようになるんだったら、それはいいことなんじゃないかなといっている感じです。
まったく同じものを作ったとしても、売る人次第で売れたりする可能性はあります。しかし逆を言えば何らかの差(この場合はセールスマンが違うとか?)がそこにあるからそういうことが可能なわけです。
3 Responses for "自分のたち位置がわからない技術者に価値はない"
論文書くテーマ決めの前のサーベイみたいな感じですね。
買えないになってるよ
>俺俺さん
リアルにサーベイ中なので思ったというのはあったりしますw
>Anonymous
誤字は脳内変換してもらえるとうれしいです。
ご指摘ありがとうございます。