「技術」という言葉が著しく乱用されているように思う。
webサービスは技術なのか?動画編集ソフトは技術なのか?メール配信は?
何が技術なのか?内容?規模?複雑さ?色んな意見があるしハッキリとした線引きがそこには無いようではある。
なので個人的に何が技術なのかということを書いてみようかなと思う。
再現性
何においても再現性は重要である。誰がどういう風にそれを使ったとしても同じ結果が出ること。
Aさんが使ってもBさんが使っても同じ使い方をすれば、そこからは同じ結果が出ないといけない。
むしろ、こういった再現性の無い技術は技術としての要請をそもそも満たしていないといけないと言えるかと思う。
例えば、私たちが何らかの問題を解決するためにある技術を利用するとすれば、少なくとも平均的には同じ動きをすることを期待する。
それはサービスではない
サービスと技術は混同されがちであるが、これについては明確に区別されるべきである。それはビジネス的な側面においても、実用上においてもそうである。
おそらくgoogleはすばらしいインフラ技術の上に成り立っていることは事実であるように思う。しかし、では、googleはすばらしい技術を持つから儲かっているのだろうか?
これに関する答えは多くの人が言っているようにNoである。
すくなくとも今までのグーグルの主な収益源は広告とそれに関連する部分であり、実は技術からはそれほど回収できていない。
googleがすばらしい技術を持っていることは、儲かっていることを説明する十分な条件ではあり得るが、必要な条件ではない点に気をつけてもらいたい。
もし私がCEOなら、このままエンジニアリングで収益を上げられない状態が続くとするなら、おそらくエンジニアを減らす方法について考えるに違いないと思う。
もし同じモデルで収益を上げる違う方法論が思いついたら、高いエンジニアを雇うよりもっと低コストな方法はきっとある。(まだこの話は現実味が無いけども。そもそも「収益」を超えて、企業にはその企業が持つ理想とする形があるものではある)
また、すばらしい技術があればすばらしいサービスが提供できるわけではない。
例えば、化粧品会社がgoogleのインフラを持っていてもそれほど意味が無いだろう。ここまで極端な例でなくともこれに近しいことをしようとしている会社やそれに気づかない人というのは思いのほか多い。
技術が目的化していい場合は、それがビジネスモデルである企業であるか、研究のみであるように思う。
技術力をうたっているサービス関連企業というのは、根本的な部分で何か間違っている。
プログラミング能力と技術力は違う
超高速で暗算できる人は、おそらく経済/数学分野で能力をはっきすることができるかもしれない。しかしもっとも必要とされるのは、経済的な知識・ノウハウ・経験などであって計算力はあくまで2番目以降である。
それと同じことがITにもいえる。マニアックな実装ができることや超速でプログラミングできることは、おそらく情報技術において相応に優位であろうことは想像に難くないが、それだけでは自分のたち位置を見失ってしまう。
特に工学においては、それが実用上「本当に」重要であるかどうかは微妙であるにしても、それ相応の目的を持ってそれを達成することが求められる。
ビジネスにおいても、なんらかの問題に対して/なんらかのニーズに対して一定の具体的な解を与えることが技術に求められる点である。
残念ながらいかに早く「それ」が作れようとも、「それ」がなんなのかわからなければ、ただやみくもに走り続けるしか無い。
IT/情報技術の不幸な勘違い
何の疑いようも無く情報化は進んでいる。私たちは日常においてITという言葉を使うときおそらくインターネットやPCを思い浮かべるに違いない。
しかし目に触れる多くはITに何らかのラッピングをしたものであり、ITが直接めに触れることなんかそうそうない。
しかし、私たちはそれを技術/ITと呼んでしまうのである。
これがIT/技術という言葉を大変わかりにくくしている。
例えるなら、私たちは車を運転するときに、エンジンの仕組みを厳密に知っていたりはしない。それと同じくらいにITは隠蔽されているのである。
それがなんだかわらなくてもいいが、すくなくともハンドルを見てそれが技術だと思わないでほしい。おそらくハンドルを加工するにも色々な技術があるであろうが、それは車を動かしている技術とはまた別である。
まとめ
最近、プログラミングを教えたり、いくつかのIT案件に対するコメント等を聞いていて、思うことがいくつかある。
とかく科学的思考が苦手な人間は、目に見えないものについて必要以上に想像し、それが事実であると思い込んでしまう傾向があるように思う。
それは、私みたいな科学信者に言わせれば「科学への冒涜」になるわけだが、すくなくとも実際のモノを確認しないで推測だけで確信するのは単なる自分の想像力への過信でしかない。
また科学的思考が苦手な人は、必要以上に意味を持たせようとする傾向が強い。
たとえばキーボードは単なるキーボードにすぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ想像力が豊かすぎる人は、キーボードに入力装置以上の何か、例えば、「あ」とか「い」とかを表現する能力があると思い込んでしまう。
しかし実際には単なるスイッチであり、最大限譲ったとしても、キーごとに割り当てられたコードが送られているだけで、それが「あ」なのか「い」なのかというのはソフトウェアの解釈の問題である。
技術もほぼ同じである。とにかく過剰な想像力を働かせてはいけない。想像と事実は分けて考える必要がある。想像と事実が符合するかどうかは慎重な検討が必要である。すくなくともこの3点を守るだけでも「技術」という言葉の曖昧さはさけられるように思う。
ひいては、なんかITのやくざっぽい空気も少しはましになるような気がする。
すごいどうでもいい話ですが、piclensが4uに対応していました。
piclensというのは、google画像検索をちょっと楽しくしてくれるfirefoxプラグイン。これは使ってみると結構癖になる。
4uというのは美女の写真を共有するというサービスで、結構更新されます。暇つぶしによく見てます。
で、ずっと4uがpiclensで見れればなぁと思っていて、対応してほしいサイトとしてあげていたのですが、ついに最新版から対応。
美女画像がpiclensでみれる。これほどテンションあがることもありません。
美女好きなおにいさまがたはぜひやってみるといいと思います。
厳密に言うとやめたわけではないけど、いらんことつぶやくのやめました。
労力がもったいない。
人のやつをぼーっと眺めてたまにレスすることにします。
結構followなしでチェックしてる人とかいるらしくて、めんどくさいなとおもったので非公開にしました。
こうしてネット引きこもりと化して行くんだろうなぁ。
けど正直webも飽きてきたし、なんか面白いことないかなーとおもって、なんか作ったり人と会ったりしてます。
リア充であることはいいことだ。
追記:
とりあえず、しばらくネットから引きこもります。ブログはネタさえあれば書く。
国立科学博物館のやつですね。
平日死ぬほどPC触ってるせいか、休日はもはやみたくもないという勢いなので、結構ふらふらっとジム行って運動したりカフェで本読んだりと比較的外をふらふらしています。
家にこもってるのとか苦手です。
で、今日は誰か捕まえようと思って捕まえることに見事に失敗したので、一人で上野の公園なんかを散歩してたのですが、ダーウィン展をやってるのをめざとく発見。
この手の展覧会はその人の生い立ちとかがわかったりするので意外と面白い。
科学系の勉強をするときは「歴史とかと一緒に勉強すると理解が深まる」とは○峨山教授もいってるとおりで、実際そうだと思います。
中身についてですが、進化論の話とダーウィンの生い立ちの二本柱でできていて、それぞれがそれぞれにどう影響したのかというような話が、ダーウィンの手記や標本などを通していろいろと説明されていました。
中でも個人的に面白かったのは「結婚すべきかせざるべきか」というところw
ダーウィンは相手もまだいない状況で、結婚すべきかどうかを、具体的にいい点悪い点を列挙し検討していた。結構これがリアルで笑える。ちょっと昔、彼女が必要かどうかで俺も似たようなことしたというのは、ここだけの話。
結婚しない
- 好きなところに出かけられる自由
- 社交界の取捨選択
- クラブでの才人との会話
- 親戚訪問の強制も、くだらないことに屈する必要も一切ない
- 子供に対する出費と心配もなし
- たぶん口げんかもなし
- いずれも時間の浪費
- もしたくさんのこどもが腹が減ったとせがんだら、夜の読書ができない、肥満と怠惰、不安と責任、書籍などへの支出減
- そうはいっても過労は健康によくない
- もしかしたら妻はロンドンを嫌がるかも。そうなれば田舎への追放とあほの怠け者への堕落だ
結婚する
- こども
- 一生の連れ合い(それと、老いたときの友
- 関心を払ってくれる人
- 愛情と遊びの相手
- とにかく犬よりはまし
- 家庭、それと家事をしてくれる人
- 音楽の魅力と女性との気軽な会話
- どれも健康によい
- しかし恐るべき時間の浪費
- やれやれ、一生、まるで働き蜂のように働きずくめの生活なんて考えただけでもいや、嫌だ絶対に。
- 煙で薄汚れたロンドンの家で一人ぼっちで生きるなんて
- ソファーに座るやさしく素敵な妻に暖かい暖炉、読書、たぶん音楽が、お前にとって唯一の団欒風景
- この光景とグレート・マルバラ街の陰気な減ts時を比べてみろ
- 結婚、けっこう、結婚
こんな感じでリストアップして結婚するということを決めたらしいですwおもしろすぎるwwww俺はめんどくさがりなだけなのであれですが、結構ここらへん共感できてびびりました。
あと若干うろ覚えですがダーウィンが世界一周したビーグル号の話などは、SF小説などで引用されたりもするし、いろんな発見がありました。
もうしばらくやっているので、ぜひこういったことに興味がある人はいってみるといいと思います。
数学に関する質問です。なぜ一度正しいと証明された定理が覆されることがないのか? ということが理解できません。
というのがはてなにあがっていたらしい。
あんまし厳密なことは何気によくわかっていないので、ざっくりとした話をします。雑学とも言います。間違ってたら突っ込みいれてください(うちの弟が物理に詳しいので聞きゃいいっちゃそうなんだが)
もともと見つけたのはここ。
とりあえず数学について
まず数学は反証し得ないのか。
これに関しては先のブログにあるように、ゲーデルさんが示した不完全性定理により「正しいのか正しくないのか確かめることができない事実が存在する(かなり意訳してますが)」ことが示されています。
正確な表現はうろ覚えですが、だいたいこんな感じだったと思います。
自然数を扱う公理系において、その体系が無矛盾であるなら、不完全である
不正確かもしれないですがより正確なことを知りたければwikipediaを。
公理というのは、「経験的に正しいらしい信用できる事実」という感じです。図形だと「平行線は交わらない」とかそういうやつでしょうか。中学校の教科書にまとめてのってるようなやつですね。
「不完全」というのは論理用語で「ある公理系から導き出せない命題がある」ことを言います。自然数を扱うという部分はもうちょっと一般化できて可算無限個の順序集合を含むような公理系とかにも拡張できそうです。(このへんは個人的に思っただけで厳密にどうだかはわかりません)
反証という言葉をどう扱うかにもよるんですが、不完全性定理においては証明も反証もできないということをいってるので、そもそも反証するというのを当てはめるのがなかなか困難そうです。
代表例でいくと、連続体仮説というものは、「正しい」としても「正しくない」としても、問題ないことで有名です。
また、自然数や自然数と同等のものを含まなければ、反証不可能完全な公理系もどうやら作れるかもしれません。
なので、数学というくくりで話をしてしまうと、設定しだいでどうにでもできる(いいのかそんな結論)ということである気がします。
じゃぁ物理はどうなのか?
次に物理。
物理も実は数学に似てるところが無きにしも非ずです。
ただし、現実に観測される事実を重要視します。事実がすべてです。なので実は結構いい加減なところが多かったりもします。
高校で習うma=Fといったような運動方程式を考えて見ます。これはどうやら「こう考えるとうまく現象が説明できるらしい」というだけで、誰もこれをきっちり説明したわけではありません。
また量子論の世界とかでも割といい加減なところから始まっています。シュレディンガー方程式といったものやリュードベリ定数といったものは、いまだからこそたくさんの実験の元にたしからしいことが示されていますが、もとは電子の不思議な挙動とか、電子線スペクトルを観測していった結果「なんかわかんないけど、この方程式でうまくいくっぽいぞ!」というのりです。
シュレディンガー方程式に関しては、なんでそれがそうなっているのかに関しては未だにはっきりとした理由はわかっていません。
これは諸説あるし、いろんな論文とか報告があるといった程度らしいです。
と、いった感じで、物理は論理の賜物というよりは、どちらかというと、現象をうまく説明できるように数学的ななにかを当てはめていると考えるほうが自然であるように思います。
もちろん論理的に未発見の事実を予想するようなものもあります。有名どころではアインシュタインの相対性理論。
光がどんな完成系から見ても同じスピードで動くという物理現象(仮定)から、光が重力で曲がるであろうことや、質量がエネルギーに変わるであろうことを予想しています。
ちゃんと実証実験できたのは、じつは論文発表後それなりにたった後だったりします。
アインシュタインが生きているうちに原発ができていたなら、ノーベル賞が取れてたんではないかという話があるくらいです。
重要なのは、実は物理はそれほど過去のものを反証しているわけではありません。
量子力学は古典力学を否定したというひとがいるようですが、そんなことはないわけです。私たちが普段生活しているスケールでは古典力学は十分に正しく、それは量子力学からも導くことができます。
むしろ、物理が発展したことでより微細なこと(電子とか)とか、より巨大なこと(宇宙とか惑星とか)とかがわかるようになり、それに対しては新しい理論を、これまでのものを含んだ形で、作る必要があったというほうが正しいでしょう。
別に古典力学が間違っていたことが証明されたわけではありません。
もちろん、新しい実験結果からいままでの理論では説明できない現象が出てくることはありますが、たいていの場合それは新しい理論の特別な場合として示すことができます。
ただ、めんどくさいので「物理が覆った!」というわけですね。そっちのほうがセンセーショナルだし。
じゃぁ数学と物理を反証うんぬんからみると何が違うの?
まず共通する点としては、どちらも論理的な整合性を重んじているという点でしょうか。
数学は、公理系や各々の定理どうしが論理的に整合が取れてることを重んじています。
また、物理においても、観測された事実やこれまで存在した理論/論理との整合性を重んじています。
両方とも、学問的なレベルで「正しい」となったものが覆ることは相当レアであると思います。
では、何が違うのか。
数学はより少ない事実から、すべてを論理的に導き出します。
極端に言えば定理の積み重ねでできてるといえるでしょう。
Aさんが証明したものを使ってBさんが新しい定理を。Cさんがまたそれから新しい定理を・・・・という感じで、どんどん積み重ねていきます。
一方で物理は、そういった数学的なアプローチに加え、観測されている現象を説明するために理論を作ります。論理適正合成よりは事実と合致することが重視されるでしょう。
そして実験や世界中の研究者の追試を経て、どうやら事実らしいということになります。そこで今までの理論とあわないとなぜだろうとなって、「新理論の特殊な場合として示せる」とかそういうふうになります。
もしくは新理論が修正されることもあるでしょう。
結論
より話をシンプルにしてみます。
いずれにしてもアプローチと重要視する点が若干ことなるだけで、本質的には同じだといえると思います。
オッカムのかみそりをふるって、今までの理論をよりきれいに説明すべく洗練していき、あたらしい事実がみつかればそれに加える。
反証というのも、一度事実認定されたものが覆るのは稀で、微妙に修正されて言ってると考えるのが自然であるように思います。
たいていの場合根本的に覆るのは、多くの場合仮定の段階にあるものです。わかりやすいところで言えば「世界は亀の甲羅の上にある」といった部分や、現実的にありえそうなところでは特殊相対性理論の「慣性系によっては光の速度は変わらない」といったところでしょうか。
後者については未だに「正しいらしい」ことがわかっていますが、もしかしたら間違ってるかもしれません。
しかしもしそれが間違っていたとしても、特殊相対論が根本から覆るわけではなく、新しい理論のうち「光の速度が一定だと見てもいい場合」に限り正しい理論に変わるだけであって、これを反証と呼ぶかは微妙なところです。
というわけでした。
※多分にはらじゅんの科学感が入っているので、ひとによっては違うことを言うかと思います。厳密にあってることを言ってるわけでもないのでその点ご了承ください。ちなみに私の専攻は物理関係ありませんのであしからず。
※読み返すとやっぱしところどころ不正確なので時々直してます。
自分のことをとりあえず棚にあげまくりますが。上の記事は前貼ったやつと同じです。
今までよく「お前ら少しくらい脳みそ使え」ということをよく言ってたのですが、最近それがちょっとずれていたことに気づきました。
基本的にどの人も自分より頭いい気はしますし、実際会社やってたり具体的な行動を起こしていたりと、おそらく私よりよほど優秀であるような気はします。
より適切にいえば「具体的にimplementしよう」ということなんだなと気づきました。
バイトでも何でも最近一番苦労することは、空気を読むことだったりします。
はらじゅんがKYだという説はとりあえずほっておくとして、特に比較的詳しいプログラミングとかシステムに関して考えてみたいなと思います。
まずいただく注文のほとんどが曖昧としてます。(ほとんどのものは過去形ですが)
曖昧としてて誰も相手にしてくれないので自分のところに来るという予感が一時期してたくらいに曖昧です。
ひどいときは「超画期的なものがほしいんだ(なんだそれ?)」という人も出てきたりするわけですが・・・
ほとんどはまったくもってよく考えられていないか、考えただけで形に落としていないかのどちらかなので、大体アイディアが沸きそうな似たようなサイトを教えてあげたり、具体的に最近はこういうことが流行ってるとか教えることがあります。
実はほとんど多くの問題は、システムで実現可能である場合が多いです。はっきりいってしまえばコストがん無視すればできないことはそんなにありません。
より適切にいえば、実現不可能なことを思いつくほど斬新な人がいないとか、勝手に不可能だと思って忘れてしまうという感じで、ほとんど耳に入ってくる段階で合理的に実現可能になっていることが多いです。
おそらくまったく実現不能なことというのは、元々詳しい人がネタで言うとか、最先端の研究をしてるとか、そういう系なくらいだと思います。
さて、その状況で問題が発生します。実に多くの問題が発生するのですが、そのうちおもいつくものをいくつか。
時と場合によって2,3日質問項目考えてきくんですが、なかなかすぐ答えを得ることができなかったりします。そこで空気読む必要が発生するのですが、ここが大変難しいです。事務的な言い方をすれば要求仕様を固めるとかいうかもしれないです。
しかし、これは多くの場合「具体的に考える」作業をすることによって、簡単に発見することができます。プロトタイプ作る技能を持ってる人はそれでいいと思いますし、なくても合理的に考える根性さえあればなんとかなります。ビジネスプラン書くことができるのならきっと問題はないでしょう。
具体的なケースを考えて見ます。
ケース1:具体的な利用ケースを考えましょう(google miniとか
これは、単に話題にのぼっただけなので実際そういう使いかたしてるわけじゃないんですが。
試験的にgoogle miniを買った企業がありました。一番安い5万ドキュメントのサーバです。
google miniを使って、webから大量に取ってきたドキュメントを検索させてみようというような話をちょろっとしてたのですが、この段階ですでに計画が破綻しています。
webから情報をとってくる場合、対象にもよりますがサイトあたり数百~千件程度がデフォルトです。多いときは万くらいはあるのですが50回クローリングしてきたらもうgoogle miniでは扱えなくなりますね。
このケースの場合明らかに50回以上はクローリングするうえ、すでに数万件は一サイトで埋まることが確定していたので、結果的にこの段階で破綻してます。
はらじゅんひとりで扱ってる文字情報だけでも万はあるので、いかに小規模な組織であったとしても5万は少ない気がするのが感覚値でもあったりします。
こんなのは買う前に確認すればすむだけですね。
(どちらかというとgoogle mini使ってみるのが目的だったのと、他の用途にも使ってるようなのでOKなのですが)
ケース2:根本的に帯域足りてないよそれというパターン
なんかwebサーバの負荷が高くてサイトが落ちるとかいうお問い合わせがきました。正直負荷分散とかやったことないし、やるにしても単純にコピー作って専用の機械入れることくらいしかできないのですが。
ただ話を聞いてるうちに、根本的に回線スペックが足りてないことが発覚しました。
だいたい1トランザクションあたり80KBのデータをやり取りするwebサーバで、一時間あたりmax10万アクセスという話だったのでちょちょいと計算。
80KB*8bit*100000アクセス/3600秒 = 17Mbps
回線が10Mbpsという話だったので、理論的に限界超えてます。ファンタスティック。
サーバの負荷というよりは、単に回線が無理なだけだったようです。こういうのは確かにうっかり忘れそうなポイントではありますが・・・というか、そもそもwebサーバ落ちてないんじゃない疑惑とかもあったんですが、そこはなぞですね。
これも気づくのは確かに厄介ではありますが、気づけば計算は単純なので難しくはないでしょう。
ケース3:どういう人間がそれを使うのか?
これは非常に苦労しまくった話ですね。これでシステム開発やめる決心したといっても過言ではありません。動作面ではまったく問題ないのですが、利用ケースについてまったく考えられていませんでした。
たとえばそれがwebサイトだったとしても、使うのは一般の人だけではありません。たとえばサイトを管理する人は管理しなくちゃいけません。
神級の開発者がいる場合は別ですが、小さいプログラムであっても他人の書いたコードを理解することはなかなか容易ではありません。
多くの場合は管理するためのソリューションが必要とされます。
すると、いろいろ確認しなくちゃいけないことが出てくるんですが、特に業務フローについてはよく把握する必要があります。これは客観的に便利であることとかどうでもよくて、相手の会社がどういうルールなのかという話です。なんにしても、こちらの便利をごり押しするのであれば、業務フローのコンサルごとやって教育までやらなくてはいけません。
簡単に言えば、どういう手順でいつ集計作業がされるのかや、サイトからの問い合わせは誰が処理するのかとか、めんどくさいのだと営業の人とのからみとか色々出てきます。
とても壮大なストーリーがそこには待っています。
もはやここまでくると、それ相応に複雑なので、思いつきだけでやるのとかは危険極まりないです。
なので、それなりに具体的な文書にして客観的に無理がないことを確認することが必要です。
しかしこれはUMLなんていう変体言語で記述しろとか言うわけではありません。あれは開発者同士の共通言語として意味のブレがないように設計されてるだけで、具体的にシステム構築上有利な点があるわけではありません。
(すくなくとも俺はそう感じたという話。ただ意味がぶれない分確実なコミュニケーションが取れるというのはあると思う)
どんな書きかたしてもいいので、とりあえず書き出して過不足がないかを確認するというのが一番大切であり、絵のできは小学生の落書き級でも何の問題もありません。
まぁ読めないのはアレですが・・・・
まとめ
話が若干発散しました。いいたかったことは・・・・
はい。
企画書ないと相手にしてくれないのが大人というもの(偏見?)な気はしますが、なんとなく気持ちはわかります。
はらじゅんは話とかだけでも聞きますが、文書化が一度もなされてないアイディアは突っ込みどころが多すぎて、会話がまったく有益でない場合があります。
というわけで、今日もいろんなものを書いています。
冒頭のリンクではこれとは似てるようで違う観点からideaを具体化することの重要性を説いています。
はてなスターを付けてみたら?と言われたのでつけてみた。
実験でクリックしまくってみる。
mysqlにはそれほど不満はないのですが、日本語の全文検索が貧弱なのとスコアリングのコントロールが手軽にはできないので、apache luceneを検討しています。
前から検討はしてたのですが、やっとpriorityあげられるようになってきた・・・
簡易的なsolutionとしてmysql-sennaをよくつかってたのですが、なにしろsqlの拡張なので検索結果のスコアリングなどのチューニングはちょっとやりにくいです。
その点lucuneは元々が全文検索のapiなので、その辺はデフォルトで対応されており楽です。
という訳で検討中。ここが役に立つし、更新頻度も高いのでいいと思います。
ubuntu8 hardy heronでeclipseが動かない。
動かないのでなんとか解決しました。方法はopenJDKをaptかsynapticで入れて、eclipseは自分で入れるという方式です。
とりあえず普通にsynapticでeclipseを入れると、securityがどうのこうのというエラーが出ます。
そのまま起動はできますが、いろんなところで挙動不審になります。
とりあえずeclipseはアンインストール。サイトからtarを落としてきて適当なディレクトリに展開。
次にaptかsynapticでopenjdk6をインストール。
これで普通にeclipseが動きます。
はらじゅんが他人のことを書くと必ずdisってると言われたので、できるだけ個別に云々は言わないように勤めてます。
こんにちははらじゅんです。
一応、社会的に認められるほど?働いたことがあるわけではないというところは最初に強調しておきますが、自分が学生ベンチャーとか若い人がやってる会社とかをみていつも思う共通の特徴を思うのでたらたら書いてみる。
理系というよりは文系っぽい人がやってる会社が多い
そもそも事業内容が文系っぽいもの(塾経営とかシステム開発とか)が多かったりするんですが、そうでなくても比較的文系色が強い人が起業する傾向が歩きがします。
単なる感覚といえばそれまでなんですが。
ビジネス上はあまり重要な話ではないですが、世の中の技術動向とかを完全に無視した開発とかをしているひとは、天才認定受けてる人の中にもいたりします。
まぁ技術で天才認定受けてるのだから、世間の技術動向とかどうでもいいのかもしれないですが。
理系っぽい人が始めた会社で、すごいなと思ったのが一社だけあるんですが、そこはさっさと社長が会長になって、その会長は開発に専念しているという形になっていました(これは学生ベンチャーではないですが)
なんとなくですがこの形が一番いい気がします。
一番人が能力が発揮できるところに人材が配置されてるし、オーナーシップと社長業の分離がされているという点でもいい気がします。
ちなみに文系っぽい理系っぽいとかいてるのは、明確な分類することが結果的に不可能で、自分で自分がどっちに分類されるのかもよくわかんないので、そんな書き方になってます。
東大がやってる起業セミナー的なものよりも、チームビルドに関連するイベントやるほうが効果も意義もあるのかもしれないなと思う今日この頃です。
この点mitの100K business plan contestはここをはっきり打ち出しています。
Students from all five schools at MIT (Sloan, Engineering, Science, Humanities, and Architecture) at the undergraduate and graduate levels have entered and been successful in the Competition. Multi-disciplinary teams that combine members from technical disciplines with members from the Sloan School have proven the most successful competitors. These teams bring together the pieces necessary for making the bridge between technology and the marketplace. Their business plans are judged by a panel of experienced entrepreneurs, venture capitalists and legal professionals.
太字の部分:技術の人とsloan schoolの人を合わせたチームがもっとも上手くいくようです。
Sloan Schoolというのはなんとも説明しがたいのですがMOTというか、いわゆる技術経営系の学科のようです。
話はどんどんそれてきますが、東大のアントレ道場は技術的な内容を求めてる割にはビジネスプラン書かせて、その結果会社を作らせようとしてるので、ビジネスと開発が両方できるというとても稀な才能を持っている人を求めているようになんとなく見えます。
そういう意味で未踏はビジネス要素を極力捨ててるのである意味すっきりしてますね。(PMにもよりますが)
話はそれましたが、あんまし極度に技術技術してる人は会社作んない傾向がある気がします。
それにそこは分業してそれぞれの人が思う存分に能力が発揮できるようにするべきところではある気がします。
ブログの勢いがだんだんなくなっていく
勢いがなくなって、ついにはつぶれる会社があったりするのですが。
これまたはらじゅん的勘ですが、起業すると最初の一年間くらいは結構取材されたり友達からもちやほやされるので、テンションあがって「あのパーティ行った」とか「あの人と会った」とかそういうの書いたりしますが、思った以上に生産につながってないこととか、誰でも同じようなことしてるということがわかると途端にブログネタがなくなるという人がいます。
根本的に生産していない人とかは結局書くネタなくなるので、ブログの勢いがなくなります。
「もちろん忙しくなってきて書く暇がなくなってきた」とか「周りに認知されるようになってきたので前ほどお気楽なことかけなくなってきた」とかいうプラスな理由も十分にありえますが。
この人いったいいつ働いてるんだろう?というパターン
早寝早起きで残業もしないでブログかいてるって冷静に考えるとファンタスティックな気がします。
ベンチャーだから徹夜とか残業しろというのは嘘だと思いますが、世間の人並みには働いたほうがいい気がします。
事業内容にもよりますが、明らかに受託なものや、手離れの悪いビジネスをやっている会社とかがブログをたくさん更新していると「いつ働いているんだろう?」と単純に不思議に思います。
内容も、たとえば進行中のプロジェクトに関するものや日々の発見?的なものならまだあれですが、展覧会見に行ったとかそういう日記系のものが多いと、単純にどういうスケジュールで生活してるのかが気になってきます。
なんかいいスケジュール管理の方法があるんだとしたら知りたい。
いつまでも何をする会社なのかがはっきりしないパターン
「受託はしない」っていうのが呪文のように言われていますが、たいていの場合なにをしないかというのはそれほどクリティカルな話ではありません。
他にも「広告モデルにはしない」とか色んな「しない」がありますが、しないことばっかりわかっていてもあまり意味はありません。
何をすべきかが変わることはある程度当たり前だし、それを大前提にそのときそのときで自分は「何をするのか」を極力はっきりさせて持てるリソースを注ぎ込むというのが重要である気がします。
劣後順位は、ある程度の優先事項があって始めて役に立つ存在であるような気がします。
受託だとしても、仕事を選べば非常に手離れよくやることもできます。要はなにを目指すがために何をすべきで何をしないのかという議論なんだと個人的には思います。
と、いうわけでした。