いろいろ思うところはあった。
グーグルはつまり広告代理店
よく言われていることではあるけど、実はグーグルは検索によっては儲かっていない。
具体的には知らないけど、検索ワードに対する広告で儲かっているわけです。
まず、グーグルを使う上で、 主たる価値の受益者は検索する人。
世界中の情報を簡単に(かどうかは知らないけど)探せる。知りたいと思う情報を提供してもらう。地図で探す。メールをする。
しかし私たちはそれに対してお金を払ってはいない。
つまり私たちはグーグルから基本的に「検索」という価値を一方的に提供してもらっている。
で、グーグルはどこから価値をもらっているのか。
それは検索連動広告で、広告主からお金をもらっている。
あと最近なら個人の検索ワードに関する情報だったり、そういう個人情報も価値として得ているかもしれない。
で、広告主はどこから価値をもらっているのか。
広告をクリックして買い物してくれたりサイトを見てくれたりするユーザ。
いってみれば三つ巴(?)な構造になっているわけです。
マジざっくりいってしまえば、やたら技術を持ってる広告代理店といえる気がする。
現状のままであれば、どんなすごい技術開発しようが何しようが、最終的には広告につなげて、広告代理店業務を拡大するという話にしかならない。
逆に言えばほとんどのサービスが無料なのは、広告代理店業務に集中するということのあらわれなのかもしれない。
広告業務に集中投下するのであれば、より多くのサービスを多くのユーザに使ってもらうのが一番なのは簡単に想像できると思う。
GoogleMiniとかああいうので地味に技術販売的なところも始めてきてはいるけど、しばらくはきっと広告にどんどんお金が落ちるようにしていくんだろうな。
Webマーケティングという名のSEM会社
パイが「グーグルのワードの組み合わせ数*上位15サイト」というとてもはっきりと市場が計算できる点、なんか参入するべきかどうかの検討はしやすい気もするw
金額はともかくとして、お客さんの数には物理的に「グーグルのワードの組み合わせ数*上位15サイト*定数(たぶん高々1ケタ)」を超えることはできない。
「単純に検索順位を上げるだけ」でSEMだというのは、最早、というかとっくの昔に、難しくなっているというのは有名な話。
まぁだからといってどうしたらいいかというのはよくわかんないけど。(どう誤魔化すかはいくらでも言えるがw)
個人的好き嫌いでいけば、あまりこういうのを仕事にしたくはない。
まず第一にグーグルの気分しだいで順位が変わってしまうという点。
番組中に「検索からはずされた」とごねていた会社が出ていたが、当然グーグルは自社のサービスとして「検索からはずさないこと」を保証しているわけもなく、それをどうこうグーグルに言ったとしても「私たちはこういうサービスを提供してるんです」というだけの話。
グーグルは、その多大な影響力のわりには、基本サービスは無料なのであり、さらに何の保証もしてはいない。
もし、なにかあるとすれば、それは単にグーグルの理念だったり親切心でしかない。
そんなものに寄りかかったものを人生の商売のひとつとしてやるには、ちょっと恐怖感を覚える。
その点ある意味対極的なのは「百度」らしい。単純にお金払えばランキングの上のほうに来るとか何とか。(ほんとかどうかは知らないが)
ハブとしてのグーグル
どこに行くにしてもとりあえずグーグルということ。俺もよく「グーグル先生に聞けば?」って言ったりするけど、大概なんでも調べられる。
さらに、俺はあまりお気に入りやブックマークを使わずに、いつも同じサイトへ検索していく。
たとえばPHPのリファレンス見たかったら「php」ってうつし、リナックスのコマンド調べたかったら「linux netconfig」とかで調べる。
言ってみればグーグルが索引代わり。
学校の授業登録のシステムに行くときも「utask」でひく。これブックマーク代わり。
とりあえず、なんにしても大抵グーグルからスタートします。
みんながみんなそうなのかといわれると、正直よくわからんが、多くの人がグーグルのページを見るというのは紛れもない事実だと思う。
つまり、グーグルはターミナル駅みたいなもので、どこに行くにしても便利な場所であり、自動的に地価が上がるのは当然。
だから取り合うハブの地位
グーグルを見た殻かどうか走らないけど、SPA(シングルページアグリゲータ)とかも結局は情報のターミナルになろうという発想。
結果的にMIXIも人の情報のターミナル駅になっている。
みんなにとって便利な場所を提供すれば地価が上がって広告が売れる。
おそらくWebサービスのほとんどがこの発想で動いている。
一部のサービス(ブログパーツとか)はそこに間借りして商売をしようというサービス。
結局はみんな「青山の一等地に店を出して商売したい」もしくは「町おこしをして地価を上げたい」というのに限りなく近い気がする。
広告ではない価値を提供するのが鍵?
個人的好みとして、広告を売りたいわけではないので、できるのであれば広告ではなく違った価値を提供するコンテンツを提供したいという考えがある。
ユーザがそれにお金を払ってもいいと思えるようなコンテンツ。
長期的にそれを実現したいと思ってます。
なんだかんだ言ったところで、今学生の片手間でできそうなものというのは「ユーザが集まるコンテンツを作る」そして「広告を売る」という単純なもの。
けどそれを経験すれば、また次のものも見えてくるかなと考えています。
最後に「技術」という言葉について
「技術」っていう言葉は何を意味するのだろうかと、NHKスペシャルを見ながら思った。
検索も技術。そしてSEOのためサイトを書き換えるノウハウも技術。
確かに言葉としては正しい用法である気はするものの、グーグルの検索技術とSEOに関する技術を同じ「技術」で片付けてしまっていいものなのかという疑問がなんとなくあった。
厳密に区別したところでそんな意味はないと思うものの、 なんかそういうところに若干の歯がゆさを感じます。
と、いう感じでした。
やっぱ「売る」というのはあんまし肌に合わないなという感触。
なんとなく等価交換なイメージが持ちたい。
抽象的ではあるけど。
追記:
おもったけどグーグルが文系就職を募集し始めたのも、広告代理店業務の拡大のためといえる気がする。
5 Responses for "NHKスペシャルのグーグルを見て"
収益システムは民放のテレビ局とあんまり変わらんのね。
そうだねぇ。
ひょっとしたら、コンテンツ事業って全部そうなのかもね・・・
あえて違いをあげるのであれば、一応ネットは双方向であるので、広告を見た人の属性情報はある程度見ることができるということかな・・・・?
ただ広告という意味で大差はないけど。
このTV番組は録画だけしてまだ見てないけど、
google使ってて最近思うのは、便利なんだけど本当に必要な全てのサイトを検索できてるのか(制限されていないか)という疑問。
昔の様に各サイトの関連リンクを辿って情報を集めていた時代の方がある意味自分が制御している安心感があった。
検索技術が成熟してくると単なるロボット収集・提供でなく、利用者にとって意味のある収集(手順・ルート)と必要とする情報サイトの網羅率(母数の捕らえ方がポイント?)などが見える事が望まれる感じがする。
個人でも仕事でも良い結果を得るためには、短時間に良質の漏れの無い情報を得たいし、何らかの形で確認したい。
と考えてると...
・Google独占で競争がなくなりつつある
・検索結果の妥当性確認手段がない
あたりでの不安かもしれない。
PS.時間が空いたので録画を見た...
・総背番号制による便利さ(危うさ)
・性善説の発想なら正しく運用できる(性悪説なら不可能)
・技術的に出来る事.NE.やって良い事
以上、感想でした。
実は制限はされてます。
「制限」というか、たぶんグーグルに言わせれば「日本人には日本人向けに最適化してある」というだけなのかもしれないですが。
それを「制限」というか「最適化」というかは微妙なところですが、いかに機械が自動的にやってることであっても、そこにはプログラマの意図や解釈が含まれていて、それは完全に平等ではないということを忘れてはいけない気はします。
彼らは彼らの善意にのっとってスコアリングしてるんでしょうが、それが必ずしも全員にとってよく働くとも限りません。
言ってしまえば、グーグルが良い・悪いと議論するのは若干おかしくて、私たちがどうやってそれを利用するかという態度が重要なのであり、それが情報リテラシーとかで一番教えるべきことなんだと思います。